■ 街のプロフィール
●位置
東京から南西に約20qに位置し、渋谷・横浜の両駅より電車で約30分という好条件の元にあり、
   横浜市内では北部地域にあたる場所である。

●沿革
昭和14年1町4村(川和町、山内村、中里村、田奈村、新治村)が横浜市港北区に編入当時あざみ野は山内村の一部に属してい た。昭和30年代後半頃から東急電鉄による宅地開発がスタート、昭和42年には東急田園都市線溝口−長津田間が開通し、昭和 44年に港北区から緑区が分離、昭和51年にいよいよ緑区あざみ野が誕生。昭和52年には「田園都市線あざみ野駅」がついに完 成した。その後平成に入ってからもあざみ野地区の宅地開発は順調に推移、それと並行して平成5年には市営地下鉄3号線が開通し 、地下鉄あざみ野駅が完成である。平成6年には緑区から青葉区と都築区が分離、「青葉区あざみ野」の誕生となり現在に至る。 今ではあざみ野は「アザミネーゼ」(※3)が優雅に暮らす町と呼ばれるほど一種のあざみ野ブランドのようなものが定着しつつ ある、横浜の郊外都市を代表する文化の香り高い、ふれあい豊かな町に成長。

 ●人口・世帯数(※1)
  人口  15836人
  世帯数 7598世帯

 ●面積(※1)
  1.578ku(あざみ野1〜4丁目)

 ●電車乗客数(1日あたり)(※2)
  あざみ野駅    50482人
  地下鉄あざみ野  35841人

※1 平成13年9月30日現在
※2 「全国道路交通情報調査」調査日:平成11年10月 昼12時間
※3 誰が名づけたか優雅でアクティヴでオシャレで上品なあざみの在住のマダムのことをアザミネーゼと呼ぶらしい

■ 歴史
▼ あざみ野の昔と今

昭和52年にあざみ野駅が開通するまではこの地域は元石川町と呼ばれていました。
現在もたまプラーザとあざみ野の間のあたりはその名残で今も元石川と呼ばれています。
下の写真にもあるように最近引越しをして来た若い方たちは驚くかもしれませんが
ほんの20数年前までこのようにまだ整備されてない地域が沢山残っていました。



この写真は昭和49年に撮影されたものとの比較写真です。
左手前は金子里之助という方の家。
現在このあたりは写真にもあるように「ダイオー」になっています。
昭和49年当時はもちろんまだ駅もなく現在駅前を通っている道路も作られていませんでした。
(写真提供・金子直作さん)